備忘録ブログ。
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奇跡のリンゴ2
category: おすすめ | author: オオケン
 木村の苦難の歴史が始まる。




人類が長い年月をかけて開発し、そして完成された近代農業は




木村の”行為”へ容赦なく襲い掛かる。





木村の800本のリンゴの木からは、




その後、何年にもわたって



たった一個のリンゴさえも収穫されることはなかった。





木村


”農薬を使わなければ、ある程度の虫が発生するのは仕方がないと思うんだ。”



”だけど、ある程度なんてもんではなかったものな。”



”ほんとうに、どこからこんなに虫がわくのか不思議だった。”




皮肉にも、農薬をやめたことで、木村は農薬の凄まじい効果を実感した。




木村は



やがて経済的に困窮してゆく。。。




リンゴ畑は、3年たっても、4年たっても実はならなかった。



貯金は底をつき、



義父の郵便局の退職金も使い果たした。



木村自慢のイギリス製のトラクターも手離した。



自家用車も、リンゴの輸送用に使っていた2トントラックも売った。



税金の滞納が続いて



リンゴの木に赤紙が張られた。



木村はそのたびごとに、必死でお金を工面して、


競売をなんとか取り下げてもらった。



消費者金融にまで手を出し、



実家の両親はもとより、親戚からも借金をした。



木村の家の電話は、とっくの昔に通じなくなっていた。



健康保険料も払えられなくなり、保険証も取り上げられた。



木村には3人の娘がいた。



娘たちの服はもちろん、学用品もまともに買ってやれなかった。



穴の開いた靴下。



エンピツが小さくなって使えなくなると、



妻が二本のエンピツをセロテープでつないで使わせた。



消しゴムは、一つを三つに切って子供たちへ渡した。





この話、



遠い昔の話ではない。




1980年代の話だ。



この頃、



日本はバブル時代の真ん中。



ジュリアナ東京では、ボディコンの女性が


扇子をもってニコニコ踊っていた。



そして、強力なジャパンマネーは世界中の不動産を買いまくっていた。




とうぜん、



りんごの価格も高値安定のしあわせな時代だった。



木村の近所のリンゴ農家は自分の子供を東京の大学へいれ、



海外旅行へもどんどん出かけて行った。




しかし、



木村の家だけは、終戦直後のような悲惨な状況だった。




5年目に入っても、




木村のリンゴは、悪化するばかりだった



木村の友人の一人が、たまりかねて



”無農薬では無理だってことが分かっただろう!”



”いい加減に目を覚ませ”



”少しは奥さんや、子供のことを考えたらどうだ。”




木村は聞く耳を持たなかった。



友人たちは、一人減り、二人減り。。。



木村の味方をする農家は一人もいなくなった。



道で誰かと行き会って頭を下げても、気づかぬふりをされた。



木村は、町の人々から



”バカが感染するから、近づくな”と陰で言われた。







そんな、ある時



さすがの強情な木村も。。。



ぽつりと、リンゴ畑で、



弱音を吐いたときがあった。



”もう あきらめたほうがいいのかな”




木村の発した、この独り言を、奥さんが聞いていた。




その晩、



奥さんは、子供たちに、



お父さんもそうとう苦しんでいるんだよ。といって、



ひるま、リンゴ畑であったはなしを子供たちにした。




すると、



日頃、ものしずかでおとなしい長女が思いがけない反応をした。



顔色をかえ、怒りだした。



”そんなの嫌だ。”



”なんのために、私たちはこんなに貧乏してるの?”




父親の夢は  



   

このとき




いつしか娘の夢になっていた。



・・・・続く


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